企業研究デジタルトランスフォーメーションは長寿企業のチャンスか(1)
IoTでビジネスモデルを変える長寿企業
- 聞き手=内野侑美/文=河村裕介
- 2018年07月23日
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2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱したとされる「デジタルトランスフォーメーション」が、現実のものとなりつつある。デジタルトランスフォーメーションとは、「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である。進化したITは、ビジネスにどのような変革を起こしているのか、日経BP総研 フェローの桔梗原富夫氏に聞いた。
指数関数的なデジタル技術の進化が社会を変えつつある
――デジタルトランスフォーメーションが起きている背景について教えてください。
桔梗原:昔から“アナログ”に対して“デジタル”という言葉が使われてきましたが、最近では「デジタル」という言葉の意味が変化してきています。コンピュータ技術の指数関数的な進化により、クラウドコンピューティング、モバイル、ビッグデータ、ソーシャルメディア、IoT、AIなどが利用可能になりました。こうした新たなITをデジタルと呼ぶようになったのです。そしてデジタル技術を活用し、企業のビジネスモデルやビジネスプロセスを変革することを狭義にはデジタルトランスフォーメーションと呼んでいます。今、第4次産業革命が進展していますが、その原動力はデジタルです。デジタルの恩恵を受けるのは、ネット企業やスタートアップ企業だけと思われがちですが、歴史のある企業もデジタルトランスフォーメーションによって大きく変われる可能性があります。日本政府も「未来投資戦略2018」の中で、第4次産業革命の社会実装によって、現場のデジタル化と生産性向上を徹底的に進め、人口減少やエネルギー制約などの社会課題を解決する「Society 5.0」の実現をうたっています。
モノ売りからコト売りへの変革を進めるブリヂストン
――ブリヂストンでは、CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)が中心になってビジネスモデルの変革に取り組んでいると聞きました。
桔梗原:ブリヂストンは1931年に創業した老舗メーカーであり、乗用車やバス、航空機、産業用機器向けにタイヤを提供してきました。ミシュラン、グッドイヤーとともに世界3強の地位を不動のものとしてきましたが、近年では新興メーカーの追い上げが激しくなっています。ビジネスモデルの変革の中心となるCDOの三枝幸夫氏は、「コスト競争の激化によって、タイヤの単品売りから舵を切らないと生き残れなくなっている。そこで、データに基づいてメンテナンスまでを支援するソリューションプロバイダーへの転換を進めていく」と語っています。具体的には、タイヤの中にセンサーを埋め込み、空気圧や温度などの情報をデータセンターで収集・分析することで、パンクをする前にタイヤ交換やリトレッド(タイヤの表面のゴムをの貼り替え)を行うサービスを開始したのです。鉱山で使用される大型ダンプトラックなどの場合、1台でもダウンタイムが生じると現場全体に影響を及ぼすため、パンクなどの予防保守は安全の確保や経済的損失を防ぐためにも重要になります。お客様は、タイヤというモノを必要としているのではなく、安全な走行やダウンタイムのない操業というコトを必要としているわけですから、ブリヂストンはIoTを活用することで、競争力のあるビジネスモデルを確立したと言えるでしょう。
生産性の向上を促し、中小企業がIoTを使いこなす時代へ
――コンピュータ技術の進化により、センサーなどの周辺機器も安価になりました。
桔梗原:愛知県の旭鉄工は、1941年に創業した自動車部品メーカーであり、2016年にトヨタ自動車で21年間勤務した木村哲也氏が3代目社長となりました。この会社の面白いところは、社長がIoTの仕組みを手作りしてしまったことです。旭鉄工の経営を任された時、トヨタ自動車で身につけた“カイゼン”を武器に生産の効率化を図ろうと考えたのですが、そのためにはカイゼンの裏付けとなる信憑性のあるデータを収集する必要がありました。ITベンダーにシステム構築を依頼すると数千万円もかかるため、秋葉原に行って50円の光センサーや250円の磁気センサーを買い集め、生産ラインに取り付け、収集したデータをクラウドで分析し、スマートフォンにデータを送るシステムを構築しました。その情報をもとに現場で議論を重ねながらカイゼンを進めていったのです。木村社長の本来の狙いは、既存の生産ラインで顧客からの増産ニーズに対応し、生産性を向上させることにありました。しかし、それだけでなく日々の残業時間も減り、働き方改革にもつながっているようです。
――木村社長は、「第4次町工場革命」という本も書かれています。
桔梗原:木村社長は、旭鉄工で構築した仕組みは、他の中小企業でも使えるのではないかと考え、この仕組みとカイゼンのコンサルティングをセットにして外販する会社を新たに立ち上げています。これまでは、設備投資が必要になると多額の融資を受ける必要がありましたが、この仕組みを使えば、既存の生産ラインにセンサーと通信機器を外付けし、クラウドコンピューティングを活用することで、生産設備を最新のレベルに向上させることが可能になります。木村社長の取り組みは、こういった書籍による啓発も含めて、日本の中小企業の底上げにつながると思います。
――IoT活用の裾野は、ますます広がっていきそうですね。
桔梗原:木村社長の取り組みを俯瞰すると、旭鉄工で生産性向上のニーズが高まったところに、世の中では安価に利用できるセンサーやクラウドコンピューティングが登場したことで、手作りのIoTが可能になったという一連の流れが見えてきます。旭鉄工では、センサーとのデータ送受信にWiFiを使っていますが、通信に関してもLPWA(Low Power Wide Area)の普及が進んでいることから、IoT活用の裾野はますます広がっていくと考えられます。
次回は、デジタルトランスフォーメーションによってプレイヤーが変わってしまう可能性について聞きます。
- 2018年07月23日
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