生成AIの活用が広がる中、今問われているのは、どれだけ時間を削減できたかだけではありません。重要なのは、AIによって生まれた余白を、新たな価値へどのようにして変えていくかです。日経BPコンサルティングおよび日経BPソリューションズ(以下、当社グループ)では、社員60名を対象に生成AIの活用実態を調査し、230件の業務活用事例を収集しました。見えてきたのは、業務によって一定の時間短縮が見込まれるという定量面に加え、AIの出力をたたき台として活用し、プロフェッショナルの専門性で磨き上げることで顧客への提供価値を引き上げる「協働モデル」の姿です。本記事では、社内アンケートから見えてきた人とAIの協働による価値提供のあり方をご紹介します。
効率化の「その先」を問う──社内の活用実態から
生成AIのビジネス実装が進む中、規模や業種を問わず様々な組織から、「月間〇〇時間削減」といった業務効率化の成果が報告されるようになりました。しかし、この「効率化」の先には、「浮いた時間で、人はどのような価値を生み出すのか」という本質的な問いがあります。実際、企業における生成AI活用は広がっている一方で、導入しただけでは期待を上回る成果につながりにくいことも指摘されています。重要なのは、AIを単なる効率化ツールとして使うのではなく、業務や価値提供のあり方そのものをどう変えていくかです。
当社グループで生成AI技術の戦略的活用を推進する組織横断プロジェクト「AI企業コミュニケーション タスクフォース」では、日経BPコンサルティングおよび日経BPソリューションズの社員を対象に、生成AI活用実態を調査しました。2025年12月から2026年1月にかけて、60名から230件の業務活用事例を収集しています。
この調査から見えてきたのは、単なる作業の自動化にとどまらない変化です。思考の土台としてのAIの活用により、仕事の初速が上がるだけでなく、最終的なアウトプットの精度や再現性まで引き上げられることが分かってきました。本記事では、「プロフェッショナルの目利き力×AI活用」をキーワードに、社内調査で得られた実践知を通じて、人とAIがどのように役割分担し、価値を生み出しているのかを読み解きます。
AI活用の価値を整理する「3つの軸」
前提として、今回の調査から見えてきた定量的な効果を確認しましょう。AIを活用している業務のうち、有効な数値回答が得られた230件の業務について集計したところ、AI導入前後での作業時間は1事例あたり平均で約70%短縮する傾向が見られました。さらに、回答者60名全体における関連業務へ換算すると、年間約5800時間の削減余地があると試算されました(※1)。ただし、これらは回答者の自己申告に基づく参考値であり、実際の効果は業務頻度や運用状況によって変動します。
一方、調査の自由記述を読み込んでいくと、回答者が実感している価値は時間削減だけではないことも浮かび上がってきます。
- ※1本稿における作業時間短縮率(平均約70%、中央値75%)は、事例ごとに「(導入前の作業時間-導入後の作業時間)÷導入前の作業時間」を算出し、その単純平均を取った参考値です。本調査はAI活用で効率化できた業務を中心に回答を依頼したものであり、回答者の全業務に対する削減率を示すものではありません。年間約5800時間の削減効果は、「(導入前-導入後)×年間発生回数」を全事例で積み上げた試算値であり、実際の効果は業務頻度や対象範囲・運用状況により変動します。
■関連業務における年間削減時間(試算)
画面を拡大してご覧下さい。
議事録や企画/提案など、クライアントワークの前工程にあたる業務での削減余地が大きい傾向が見られた(社内調査で収集した削減時間の申告値を基に、各事例を年間換算して整理した参考値)
具体的な活用シーンは部署ごとの業務内容によって異なるものの、今回の活用事例を分析した結果、私たちはAI活用の価値を以下の3つの軸で整理できると考えました。
| AI活用の軸 | 実務における意味合い |
|---|---|
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効率化
(工程が変わる) |
ゼロからの組み立てや下準備に要する時間を減らし、業務の初速を向上させる。
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品質向上
(成果が変わる) |
クライアントごとの最適化や多角的な視点の導入により、最終的なアウトプットの質を高める。
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ツール化
(仕組み化につなげる) |
一度構築した活用パターンをテンプレートやツールとして再利用できる形にし、業務の属人化を抑える。
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「効率化」は、単に作業時間の短縮だけを指すものではありません。情報整理や下準備、たたき台づくりといった初期工程をAIと協働することで、仕事の初速を引き上げることも含んでいます。
「品質向上」は、AIによる成果物の自動作成だけではなく、論点の洗い出し、別案の提示、表現の比較、ファクトチェックの補助などを通じて、人がより高い精度の成果物を仕上げられる状態をAIが用意することを指しています。
「ツール化」は、うまくいった活用方法を個人の工夫で終わらせず、テンプレートやチェックリスト、簡易ツールとして再利用できる形に落とし込むことです。これにより、効果を個人から組織へ広げ、業務の標準化や属人化の抑制、さらには継続的な価値創出につながるはずです。
当社グループでは、社内専用の生成AIプラットフォームとMicrosoft 365 Copilotを全社標準ツールとして導入しており、業務特性に応じてAdobe Expressなども活用しています。いずれも日経BPグループの生成AI利用ガイドラインに基づき、セキュリティーと情報管理のルールを順守した上で運用しています。
AIはプロフェッショナルの仕事を支える
前述の「効率化」「品質向上」「ツール化」という3つの価値は、実際の業務現場では単独で現れるのではなく、組み合わさりながらプロフェッショナルの仕事を支えています。AIが担うのは、情報整理やたたき台の作成、比較検討といった中間工程です。一方で、何を問うべきかを定め、どの出力を採用するかを判断し、最終的な成果物として仕上げるのは人の役割です。
社内調査からも、当社グループではあらゆる部署・職種で、AIを人の専門性を補強するために活用していることが分かりました。以下では、その実態がよく表れている2つの事例を紹介します(※2)。
- ※2以下の事例は、社内アンケート回答者による実務所感に基づいています。効果や活用方法は、業務内容や利用環境によって異なります。
1. 調査・分析の「深さ」を追求する
クライアント企業へ適切なソリューションを提供するには、事前リサーチやマーケティングが欠かせません。変化の速い時代では、国内だけでなく、グローバルな潮流を踏まえた戦略も必要です。膨大な情報の中からリサーチすべき対象を見極めるのは人の役割です。その上で、情報整理や一次的な要約をAIに担わせることで、より高度な分析や企画提案に注力できる環境が生まれています。
【具体的活用シーン】
外国語で情報発信されているWebサイトやPDF資料、図版データをAIに読み込ませ、翻訳と要約を同時に行うことで、資料の要点を把握する時間を従来の3分の1程度に短縮しました。以前はブラウザの翻訳機能などを利用していましたが、要約まで一気通貫で行えるようになったことで、初期リサーチにかかる時間を圧縮できています。訳文や要約文を判断材料として使う際は、原文の該当箇所を確認して正確性を担保するとともに、守秘義務のある情報を入力しないルールを徹底することで、AIの出力を土台にしつつ、より高度な分析や示唆の抽出に注力できる環境が整いました。(調査分析コンサルタント)
2. 提案力とクリエーティブの解像度を上げる
企業コミュニケーションを効果的に行うには、色やデザインといった非言語の要素も重要です。目的に合ったビジュアル要素を提案するには、クライアントとデザイナーとの認識共有に加え、メンバー間での共通理解も欠かせません。デザイナー個人の感性に委ねられがちな「非言語」のビジュアル要素を、AIを介して「言語化・翻訳」することで、チーム内で共有しやすくなり、プロジェクトをより円滑に進められるようにしています。
【具体的活用シーン】
Webページ制作の支援にあたっては、まずデザインのよりどころとなるキーワードやコンセプトを、クライアントとディスカッションしながら設定します。定めたワードを基に配色パターンを検討・提案する際にAIを使い、「なぜこの色か」を説明する言葉の整理をサポートしてもらっています。直感的に決めていると思われがちなビジュアル面の提案を言語化することで、説得力があり、かつニーズにも合致した提案ができるようになりました。その結果、合意形成に至るまでの作業時間が半減し、制作フェーズで重要となるデザイン業務により集中できるようになりました。(Webデザイナー)
AIが生み出す「余白」で、価値提供の質を高める
今回の調査を通じて得た230件の事例に共通していたのは、AIの出力をあくまで起点や素材として位置づけ、最終的なアウトプットは人が仕上げるという活用姿勢でした。当社グループは、企業価値の向上につながるコミュニケーションを、企画、分析、制作、実装、発信といった全方位で支援する組織です。だからこそ、AIに任せるべき部分と人が担う部分を適切に切り分け、最適な形で組み合わせることが重要になります。AIがつくった「たたき台」を、プロフェッショナルの目利き力で「成果物」に仕上げる。この掛け算こそが、私たちの「AIとの協働の形」です。
社内実践から見えた、AI協働3つの条件
2つの事例と230件の調査結果を横断的に分析する中で、AIとの協働を成果につなげるために共通する条件が浮かび上がってきました。
条件1:任せる範囲を「先に」決める
AIに何を任せ、人が何を担うかを、作業に着手する前に切り分けることが重要です。前述の事例でも、リサーチャーは「全体像の把握はAI、原文に戻っての精査は人」、デザイナーは「配色の選択肢出しはAI、コンセプトとの整合判断は人」と、それぞれ明確な線引きをした上でAIを活用していました。この切り分けが曖昧なまま使い始めると、出力の取捨選択に余計な時間がかかり、かえって非効率になるケースも報告されています。
条件2:出力は「たたき台」として扱い、必ず専門家の目で精査する
今回の調査において、AIの出力をそのまま成果物にしているケースはありませんでした。一方、「AIが思うような分析結果を出してくれないため使わなくなった」という声も見られました。AIの出力に完成品を求めるのではなく、思考の起点や比較材料として活用し、プロフェッショナルの判断で磨き上げる。この前提を共有できているかどうかが、AI活用の成果に直結します。
条件3:うまくいったパターンは仕組み化し、チームで共有する
効果的な活用方法が見つかっても、個人の工夫にとどまっていては組織としての効果は限定的です。当社グループでは、活用度の高いメンバーとそうでないメンバーの双方から工夫や課題をヒアリングし、改善案を共有することで、AI活用の平準化を図っています。テンプレートやチェックリストとして再利用できる形に落とし込むことが、個人の成功体験を組織の力に変える鍵になります。
■業務プロセスの流れと提供価値の関係
解決すべき課題に対する前提条件の定義や、AIによる出力結果の精査といった、企画・判断が必要になる業務プロセスの両端こそ、当社グループの専門性や知見が発揮できる部分です。業務プロセスの中間工程はAIによる代替が可能で、グループ内でも各担当者レベルでの利活用が進んでいます。一方で、前述のような運用面での不安や定着に至らないケースも一定数存在しており、個人間でのAI活用度にギャップが生じていることもアンケートから見えてきました。
こうした課題に対しては、社内のガイドライン整備に加え、前述のとおり活用ノウハウのヒアリングと共有を進めることで、グループ内でのAI活用の仕組み化や平準化を図っています。
セキュリティー面でのリスクを踏まえた安全な運用方法、出力結果を「たたき台」として効果的に活用するための視点や工夫──こうした実践知をグループ内で蓄積・共有することで、AIとの協働の精度をさらに高めていきます。
AIが生み出す「余白」を、より深い分析に、より説得力のある提案に、より再現性の高い仕組みづくりに充てていく。それが、私たちが社内実践を通じてたどり着いた、現時点でのAI協働の形です。自律的にタスクを遂行するAIエージェントの活用が広がる中でも、何を任せ、どの出力を採用するかを見極める役割の重要性は変わりません。むしろAIが担える領域が広がるほど、前提条件の定義と最終判断という「両端」でプロフェッショナルの専門性が問われる──それが私たちの考える、次の人とAIによる協働の形です。
AI企業コミュニケーション タスクフォース
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日経BPコンサルティング
「AI企業コミュニケーション タスクフォース」について
生成AI技術の戦略的活用を推進する組織横断プロジェクト。広報・IR部門における生成AI活用の調査・分析と、実証実験を通じたビジネス活用の検証を行い、企業コミュニケーションの高度化と新規事業機会の創出を目指している。2025年1月より調査・実証の2チーム体制で活動を展開。
- 本文中の情報は、2026年5月現在のものです。
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