国内自治体で初となる瀬戸内市の統合報告書
行政への信頼を得る重要なブランディングツールとして発行
そのような中、瀬戸内市では、自治体として全国初の事例となる「瀬戸内市統合報告書2022」を発行。地方自治体として、統合報告書は何のために発行するのか、誰に向けて、どのような情報を発信し、ブランディングを進めていこうと考えているのか、瀬戸内市長の武久顕也氏、総合政策部の岡﨑清吾氏、仁科佳菜子氏にさまざまな観点でお話を伺いました。
国内の自治体で初となる統合報告書
外部の視点も取り入れて制作に着手
瀬戸内市では2023年3月に国内の自治体で初めての統合報告書を発行しました。発行にいたった背景や目的を教えてください。
武久 瀬戸内市はかつて市勢要覧を4年ごとに発行していたことがあります。しかし、行政改革の流れで経費削減のため市勢要覧の発行を中止することになりました。継続して観光パンフレットのようなツールは制作していましたが、統計情報が掲載されたものはなく、市の概要を十分に発信できないという状況が続いていました。そのような中、ここ数年で財政状況も安定してきたこともあり、改めて市勢要覧を復活させる話になったのがきっかけです。その際、どのような内容で発行するかを考えるに当たり、昨今多くの企業が発行している統合報告書に着目しました。関西学院大学大学院の石原俊彦教授の研究室で統合報告書について研究されていることもあり、石原俊彦教授を始めたとした3名の先生方に有識者として加わっていただき、市勢要覧に代わるものとして統合報告書を発行することになったのです。
自治体として初の試みになりますが、企画立案など、どのようなことから始めたのでしょうか。
武久 自治体では前例がないことなので、企業はもちろん少しずつ発行が増えている大学などさまざまな統合報告書に目を通しました。自治体の統合報告書はどうあるべきかを、有識者の先生方と市の職員を交えた研究会を開催し企画を固め、中堅職員によるワークショップを行い掲載内容等の検討を行いました。企業と自治体は性質も異なることから、どちらかというと大学の統合報告書に親和性があるようにも感じ、特に岡山大学さんのものなどは参考にさせていただきました。国際統合報告評議会(IIRC)の枠組みを活用したことはもちろん、ステークホルダーとの関係をどのように作っていくのか、民間企業や市民の理解を得るためにどのような伝え方にすべきなのかなどについて議論を重ねることから始めました。
左から、総合政策部企画振興課の仁科佳菜子氏、瀬戸内市長の武久顕也氏、総合政策部の岡﨑清吾氏
瀬戸内市が取り組む事業を市民や企業に
よりよく伝わるように整理
掲載する情報やターゲットの設定はどのようにひもづけて考えましたか。
武久 瀬戸内市は主な事業として、「太陽のまちプロジェクト」「山鳥毛里づくりプロジェクト」「ハンセン病療養所世界遺産登録への支援」「カーボンニュートラルの推進」「子育て支援、協働のまちづくり」を掲げています。それをふまえて統合報告書では、瀬戸内市の未来に向けた主な事業として、「ゼロカーボンの推進」「歴史・文化、芸術活動の推進」「ダイバーシティの推進」「子育て支援の推進」の4つを特集企画としてまとめました。
例えば、瀬戸内市は岡山県内でも国・県指定文化財数が多く、長船地区では現在も備前刀が作られていますが、戦国武将・上杉謙信の愛刀で備前刀の最高峰である国宝「太刀無銘一文字(山鳥毛)」は、以前から県外流出が懸念されていました。この名刀を生まれ故郷である瀬戸内市に戻す「山鳥毛里帰りプロジェクト」を立ち上げ、クラウドファンディング等で多くの方々の支援により約8.8億円の寄附を得て令和2年に山鳥毛を購入しました。このプロジェクトでは約1万8000人の寄附者がおられます。その方たちに向けて、地域と行政が一体となって歴史・文化を守り、資源を保存・活用していくことで地域の活力・ブランド力向上にもつながることをお伝えするため、「歴史・文化、芸術活動の推進」の一環で掲載しています。ふるさと納税という仕組みでも、瀬戸内市が取り組むさまざまな事業に寄附金を活用させていただくので、そのような視点でも統合報告書は寄附者の方々の理解促進に役立つと考えています。
ガバナンスの部分では、瀬戸内市議会に市政の執行を監視するという議会の重要な役割を統合報告書で発信する意義をご説明しました。市議会の理解も得て、瀬戸内市議会議長にも巻頭のメッセージでご登場いただきました。
発行されてから周囲の評価や反応にはどのようなものがあったかお聞かせください。
武久 民間企業の方々には統合報告書という内容を知っている方も多く理解が得やすかったと思います。ただ、統合報告書を作成していく中で、自治体としての特性をどのように整理して発信していくかということは、引き続き検討していく必要があると考えています。というのもここで掲載している事業は市役所の中で完結するものではなく、瀬戸内市の市民、企業、瀬戸内市以外のさまざまなステークホルダーと一体となって作り上げていくものだからです。そのような多くのステークホルダーの活躍も、市全体の魅力として伝えていくべきことだと思うので、瀬戸内市としての取り組みと、それに関係した市民の皆さんの取り組み、あるいは市民の皆さんが作り出した価値を、どのように統合報告書にまとめていくのかは、今後工夫が必要になるでしょう。例えば、漁業協同組合は産業振興課の所管になりますが、漁業協同組合の取り組みの中には、海を通じた環境問題にも大きく貢献している領域があります。そうなると、産業振興課だけではなくて、生活環境課も関係してくるのです。市役所の縦割りではなくて、そうした価値を生み出す主体になる人たちを主役に置きながらどう作っていくのかというところも今後の課題です。
瀬戸内市統合報告書2022
瀬戸内市の主な事業を整理して特集記事で掲載
職員が自分の仕事を自分事化し
市政が生み出す価値を丁寧に伝える
組織図を見るとやはり自治体には数多くの部門がありますが、制作の体制はどのようにしましたか。
仁科 最初の研究会には、武久市長と外部有識者として大学の先生方、庁内では企画振興課と秘書広報課、総務課といった行政の管理部門を担っている職員が参加して骨格を作っていきました。構成が固まって、具体的な制作に入る際には、各部から一人ずつ参加してもらい、計14名のメンバーで検討会議を開催しワークショップを行いました。職員の育成も兼ねて統合思考を養っていくという意味も持たせています。
岡﨑 今回初となった統合報告書の制作ですが、例えば市役所の中でも職員によってとらえ方の差があるように感じます。この統合報告書の作成を通じて、職員も自分の仕事がどういうふうに市民の役に立っているのか、またどのような課題があるのかなどを再認識するきっかけになればと考えています。人口減少などの事象や、市の財政といったデータの部分についてもただ羅列しただけではステークホルダーの理解は深まらないと思うので、どのような状況でどのような課題があるのかも合わせて明らかにしていければと考えています。
地方自治体が統合報告書という形で情報を発信していく重要性や意義について、考えをお聞かせください。
武久 重要な点はアカウンタビリティだと思います。これは会計の説明責任だけでなく、市が行う事業のパフォーマンスについての説明責任も含まれるととらえています。例えば、議会に財務情報だけ、または成果だけを報告をすればよいということではありません。多様なステークホルダーがいるということ、そういった方々にわれわれは説明責任を負っているんだということを考えていく必要があります。市政は、単に税制だけで成り立っているわけではなく、多くの方々の協力、支援、賛同をいただいたうえで成り立っているのです。そうした方々との関係をこれからも構築し、維持していくには、丁寧な説明が欠かせません。また、伝えるべき情報は良いことばかりとは限りません。もちろん瀬戸内市としてPRすべきことは盛り込んでいきますが、人口減少、高齢化などの厳しい部分も誠実にお伝えしていく必要があります。それらについて理解していただき、行政への信頼を得ていくためにも、統合報告書は重要なコミュニケーションツールになると考えています。
外部の専門家や職員が一体となって議論を重ねて統合報告書を制作
コンテンツ本部 ソリューション3部 兼
大学ブランド・デザインセンター コンサルタント
廣田 亮平
大学のブランド戦略・広報活動をワンストップで支援する大学ブランド・デザインセンターのコンサルタント。広報誌やWebサイトの企画立案、コンテンツ制作を通じて組織におけるコミュニケーション課題の解決に取り組む。
※肩書きは記事公開時点のものです。